屋久島旅行の結果

同時多発テロの発生に際して警告と情報浸透を狙いとしたものだ。 一定時間後に取引を再開するのが原則である。
これに対してわが国では、パニック的な株価急落のみに適用されるのではない、日常的な取引規制として個別銘柄の値幅制限が恒常的に行われている(612)。 同時多発テロに伴う臨時措置では、この制限値幅が、更に通常の半分にされた。
それだけ、自由な価格形成の余地が狭められたのである。 ベースに上下一定幅の制限値段を超えると取引にストップがかかる。ただし取引に異常があると各証券取引所が認めた場合には値幅制限が強化されることがある。3日以上連続してストップ高で売買高がない場合、翌営業日から上限が2倍に拡大されることがある。ストップ安についても同様で下限が2倍に。マーケットメイク銘柄は値幅制限なし。取引所上場銘柄の場外取引やJ銘柄の時間外取引の値幅制限は別に定められている。
統制志向色の強い規制は、自由な価格形成一般に対する不信感に根ざすものだけに、さすがに、その必要性が表立って声高に主張されることはほとんどない。 日本が、資本主義経済体制をとる国である以上、価格メカニズムをある程度まで尊重することは、当然視されているからである。
これに対して、一般論としては価格メカニズムの意義を承認する立場の人からも、しばしば公然と白眼視されるのが、先物取引に代表される「投機的」取引である。 そもそも、巨額の資金を動かし、大きな利益を上げようとする金融取引は、実際に携わっている人達以外には、なかなか理解されにくいもののようである。
しばしば、「濡れ手で粟」の利益を貧っているとか、「一捜千金」を狙うものとみなされ、「額に汗する」肉体労働や「モノ作り」をする製造業とは異なる「虚業」だとして批判されることになる。 とりわけ、先物やオプションに代表される派生商品(デリバティブ)に対する誤解と偏見は根強い。
デリバティブの取引では、想定元本の価格変動分に相当する資金のやり取りをする差金決済が一般的に行われる。 このことが、「投機的」であるとされ、時には賭博と同一視されたりする。
「市場対策」が検討されたこと自体は正しい。 しかし、市場規制の設計は、あくまで「市場メカニズムの発揮が正しい資源配分につながる」という確信に立脚すべきである。
制限値幅を縮小して自由な価格形成を妨げることで、表面的に価格変動を押さえ込もうとする姿勢は、そうした確信とは似て非なるものであり、わが国の証券市場規制における統制志向が、まだ根強いことを示している。 わが国だけに限った話ではなく、諸外国、例えば英国やドイツにもみられた現象である。
ちなみに、「投機」という語には、決して好ましいことではないという否定的な響きがあるが、その語義をわが国の代表的な辞書である「広辞苑」で引いてみると「損失の危険を冒しながら大きな利益をねらってする行為」とか「市価の変動を予想して、その差益を得るために行う売買取引」などと説明されている。 つまり、将来の価格変動を予想して取引するという行為そのものが、「投機」として否定的にみられているわけである。

しかし、製造業であっても、将来の価格変動を予想して、より大きな利益が得られるように生産量を調整するのは当然のことである。 モノの生産を伴わないというだけで、将来予想に基づく取引が価値的に低いものとされるのは、やや不思議である。
しかも、デリバティブの取引は、たとえ投機的な側面を有するとしても、株式や債券などの金融商品であるとか、金属、石油、穀物等の商品などの現物取引に伴うリスクをヘッジすることを可能にしたり、現物市場の厚みを増したりするといった重要な経済的機能を果たしている。 参加者の間で資金のやり取りがなされるだけで、他の経済活動に影響を与えない純然たる賭博とは全く異なるものである。
残念ながら、このことが広く理解されているとは言い難い。 実は、わが国は、世界に先駆けて組織化されたデリバティブの市場を開設したという歴史を有する。
一七三○年に始まった大阪の堂島米会所における帳合米取引は、純然たる差金決済取引であり、正米価格をリードし、相場安定の機能を果たしたと言われる。 近代先物取引の噛矢とされるシカゴ商品先物市場の誕生よりも一○○年以上前のことである。
米取引の伝統を受け継いだ証券業者は、事実上の先物取引である限月三カ月という長期清算取引に自らのノウハウを活かそうとした。 ところが、わが国では、産業金融の主役は銀行であり、株式発行による資金調達はそれほど拡大しなかった。
投資家の裾野も広がらず、株式流通市場の中心は証券業者による自己売買であった。 江戸時代の米の先物取引が、人々の主食であり価値尺度としても広く使われていた現物米の流通という裏付けを有していたのに対し、戦前の株式市場における清算取引は、ともすれば、現物市場の存在を欠いた先物取引となりがちであった。
これに拍車をかけたのが、当時の取引所の仕組みであった。 戦前の証券取引所は、株式会社組織をとり、自らの株式を上場していた。
その結果、市場全体の発展よりも取引所自身の利益拡大を意識して、「当所株」と呼ばれた取引所株式の投機的取引を過熱させる方向に向かってしまったのである。 現在の証券取引所は、システム投資のための資金調達や内外取引所との連携戦略の展開といった必要性から、会員組織から株式会社組織への転換を遂げている。
株式会社と言っても、同時に証券取引法上の自主規制機関であるということもあり、単純に短期的な利益拡大を追及して市場の機能を損なうようなおそれは小さい。 とはいえ、最近まで証取法が株式会社組織の証券取引所を認めていなかった背景には、こうした過去の歴史に対する苦い思いがあったことも否定できない。

戦前期の株式市場のあり方は、当時から、監督当局や学識者によって、本来期待されるような経済的機能を十分に果たしていない投機的取引の場であるとして強く批判されていた。 このため、度々、実物取引振興策が試みられたが、真に効を奏することはなかった。
投資家層の多様化や、流通市場における時価に基づく株式資金調達といったことがないまま、表面的に市場の構造だけを変えようとしても難しかったということだろう。 いずれにせよ、現物取引なしの先物取引という姿は、株式取引の先進国であった米国の目からも異様に見えたようである。
戦後の取引所再開にあたって、当時の占領軍最高司令部(GHQ)は、「取引所三原則」の一つとして「先物取引の禁止」を指示し、清算取引を否定したのである。 GHQの経済政策スタッフにはルーズベルト政権の下で推進された「ニューディール」政策の信奉者が多かった。
そして、証券市場政策における「ニューディール」は、一九二○年代の相場過熱と市場における不正の横行が大恐慌につながったという反省の上に立つ証券法の制定や証券取引委員会設置を指す。 やむを得なかったとも言える。
また、実は、米国で本格的な株式デリバティブ取引が始まったのは、個別株オプションが上場された一九七三年のことである。 清算取引禁止の背景には、株式のデリバティブ取引という形態そのものに対する無理解もあったかも知れない。

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